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東京地方裁判所 昭和48年(レ)241号 判決

控訴人 鈴木敏文

被控訴人 国

訴訟代理人 中村勲 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

(控訴人)

控訴の趣旨

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人は控訴人に対し、金五万円およびこれに対する昭和四六年一二月二五日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(四)  仮執行の宣言一

(被控訴人)

主文と同旨。

第二主張

(控訴人)

一  請求原因

(一) 控訴人は司法書士を業とする者であるが、東京法務局練馬出張所に対し、

1 昭和四六年一一月二日、奥井紀美子の委任を受け、練馬区小竹町二丁目六六番地六、家屋番号六六番六の建物につき、(1) 表示登記および(2) 所有権保存登記、同人および大和ハウス工業株式会社の委任を受け、同建物ににつき(3) 根抵当権設定登記をそれぞれ申請し、

2 同月四日、山下正治の委任をうけ、練馬区下石神井一丁目四三二番地八、家屋番号四三二番八の建物につき、(1) 表示登記および(2) 所有権保存登記、同人および大和ハウス工業株式会社の委任を受け、同建物につき(3) 根抵当権設定登記をそれぞれ申請した。

(二) しかるに、同出張所登記官塚本誠は、同月一五日右1のうち(2) 、(3) 、同月一八日右2のうち(2) 、(3) の各登記の申請を却下した。

(三) しかしながら、右却下処分は、「登記官は受附番号の順序に従つて登記をなすを要す」とする不動産登記法第四八条に違背する違法な処分であり、かつ右登記官が控訴人に損害を与える目的で故意にしたもので、そのため控訴人は司法書士としての信用を害され精神的損害を蒙つた。

(四) よつて、控訴人は被控訴人に対し、慰藉料金五万円およびこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和四六年一二月二五日から右支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被控訴人)

二 請求原因事実に対する認否

請求原因(一)(二)の事実は認め、同(三)の事実は争う。

却下になつた登記申請の申請当時は、いずれもまだ建物の表示の登記がなされていなかつたから、不動産登記法第四九条第二号の「登記すべきものに非ざるとき」に該当し、したがつて登記官のした却下処分は適法である。

仮に、本件のように、表示の登記の申請と権利の登記の申請が同時になされた場合に右のように解釈するのが誤りであつて、却下処分が違法であつたとしても、前記登記官は実務における支配的見解に基づいて右申請を却下したのであるから、右の処分について故意、過失はない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで本件却下処分の違法性の有無につき判断する。

(一)  〈証拠省略〉によると、請求原因(一)の1の各登記の申請、同2の各登記の申請は、それぞれ同日時に同時になされたこと、右1、2のうち各表示の登記の申請については登記官が実地の調査を要すると判断していずれも現地で建物を調査した後1の表示の登記は昭和四六年一一月一一日、2の表示の登記は昭和四六年一一月一七日にそれぞれなされたこと、および原告主張の却下処分は不動産登記法第四九条二号に該当するとしてなされたことを認めることができる。

(二)  ところで、本件のように建物の表示の登記と権利の登記が同時に申請された場合の権利の登記の申請の適否について考えるに、建物の所有権の保存登記の申請は、判決により自己の所有権を証する者または収用により所有権を取得した者が申請する場合(不動産登記法一〇〇条二、三号)のほかは、表題部に自己又は被相続人が所有者として記載された者でなければならず(同法一〇〇条一号)、また所有権以外の権利の登記は当然所有権の登記の存在を論理上の前提とするから、結局、建物の権利の登記の申請は、申請の時において当該建物の表示の登記がなされていることを要件とすると解さなければならず、かつ表示の登記は権利の登記の申請が登記官の形式的審査により受理されるのと異なり、登記官の実地調査が許され(同法五〇条)、申請書に記載された建物の表示に関する事項が登記官の調査結果と符合しないときは、登記申請を却下すべきものとされ(同法四九条一〇号)、他方表示の登記は登記官が職権ですることもできる(同法二五条ノ二)のであつて、いわば登記官の実質的審査に服するものというべく、したがつて、登記官が表示の登記をなすべきものと判断したときは、その登記をする現実の日付を登記の日付とすべきものと解されるから、表示の登記とこれを前提とする権利の登記との関係では、不動産登記法四八条の適用は問題とならず、両登記の申請が同時になされた場合には、権利の登記の申請はその要件を欠くものとして却下を免れないというべきである。この点で、一の権利の登記を前提とする他の権利の登記を同時に申請した場合とは趣きを異にする。

一の権利の登記を前提とする他の権利の登記が同時に申請された場合は、登記官の実質的審査は許されておらず、登記申請の形式的審査のみの問題であつて、残される問題は事務処理に要する時間的経過だけであつて、申請の適否は申請の時点における適否に限定され、したがつて現実に登記簿に記載する日時ではなくて、登記申請の受付日時を基準として処理しうるし、また登記の順位により対抗要件取得の順位に直接影響するものであるから、まさに不動産登記法四八条の適用を見る場合であるが、表示の登記にあつては、前判示のようなその本質からいつて権利の登記と同一に扱うことができず、もし同法同条を形式的に適用するとすれば、表示の登記のなされる以前に権利の登記が受付られたような登記を許容しなければならず、かえつて登記制度を混乱させることになりかねないことを留意しなければならない。

(三)  以上判断のとおりであるから、控訴人のなした本件各権利の登記の申請は不適法であるから、これを不動産登記法四九条二号により却下した登記官の処分は適法であり、控訴人の主張はこの点ですでに理由がない。

なお、被控訴人の主張による、表示の登記と権利の登記が同時に申請された場合でも、表示の登記が同日中になされるときは、権利の登記を却下しないで受理する扱いもなされていることが窺われるが、これは前記の解釈に照らし、むしろ申請人の便宜を考慮した例外的な扱いというべきであつて、このような取扱い例があるからといって本件却下処分の適法性に影響を及ぼす理由はない。また、本件却下処分がなされた時には、すでに表示の登記がなされていたことは先に認定したとおりであるがこのことも却下処分の適法性に影響を及ぼすものではない。権利の登記の申請の適否は、申請の時点において判断されるべきもので、偶々却下処分前に表示の登記がなされても、それゆえに権利の登記が申請の時点で受理されたものとして登記簿に記載しえないことは、すでに判示したとおりだからである(もつとも、申請人の便宜を強調すれば、同時申請を可能とする扱いが望ましいといえようが、これは立法的な解決を要し、現行法の解釈から同時申請を許容することは理論的には困難である)。

三  以上判断のとおりであつて、控訴人の本訴請求は理由がないから失当として棄却を免れず、これと結論を同じくする原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判官 藤井俊彦 上谷清 坂主勉)

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